2001年3月12日(月)  〜24日目〜  晴れ  226.4Km
 5時半起きで身支度して、真っ暗な中を歩いて足摺岬へ向かう。明かりが灯った灯台は、何だか童話の中の風景みたい。空も海も岬も真っ暗な中に、白くて丸っこい建物の灯台がオレンジ色の光を放ってる。その灯りの色が、ほっとするような暖かい色なんだなあ。

 日の出はいつも通り雲で見えない。もう予想済みなんであきらめる。YHで一緒の男の子も来てたんで、一緒にお寺見たりしながら帰る。四国八十八ヶ所巡りの寺って初めて行った。お財布持ってきてなかったんで、彼にお賽銭を出してもらう。こんなんでご利益あるのかなあ?


 準備して出発。今日は四万十川に沿って走る予定。の前に、どこかでホーちゃんのオイル交換をしてあげねば。前はWAKO'Sの4CR(60)ってのを入れてくれたんだって。よくわからんから同じモノを入れようって思ったんだけど、バイク屋さんがなーい! ようやく発見しても、オイルが純正のしか置いてない。もっと都会に行かねばダメぽい。


 かなりいらつきながらもあきらめて、四万十川へ。初めて四万十川が見えてきたときはそんなにすごいなんて思わなかった。でかい、普通の川じゃんって思っただけだけど、上流に向かって川沿いに雪の残る細い道を走り、街を抜け、山へ入っていくに連れて、その雄大な流れに感動した。川でこんなにすげーって思ったのは初めてかも。香咲弥須子の小説「終わらない夏」で四万十川の源流に向かっていった主人公の女性ライダーは最後、バイクごとダムにダイブするんだけど(私みたいに予定外で、じゃなくて自分から、ですよ)、なんかその気持ちもわかるような…いや、飛び込みたくなりますよ、マジで。


  とにかく川が気に入ったんで、噂の沈下橋に興味大。看板発見して、さっそく行ってみる。写真は見てたし、話にも聞いていたけど、実際目の当たりにするとすごいインパクト。沈下橋っていうのは、川の水量が増えたらそのまま水面下に沈んでしまう、欄干もガードレールもない、細いコンクリートの橋。多分、何度橋をかけても増水で壊されてしまった結果、こんな橋を考え出したんだろうけど、このでかい川を渡るにはあまりにも細く、頼りない。バイクの私でも、一本橋やってるときみたいに緊張する。車なんてもっと怖いだろうなあ。


  あんまり人も車も来ないみたいなんで、橋の真ん中にホーちゃん置いて、三脚立てて撮影開始。すでに大型自動二輪免許も取った今、以前と比べたら取り回しもスムーズにできるようになったけど、もし今、フロントブレーキが効かなかったら、勢いつけすぎたら、ホーちゃん落っことしちゃうよなあってかなりドキドキモンだった。思う存分、遊びまくって、沈下橋、めちゃめちゃ気に入る。その後も見つけるたびに行って遊んでた。車の進入禁止になってる橋もあるんで、そういうところはやりたい放題できて楽しい。お昼は道端の個人商店(露店?)から芋もちを買ってきて、川べりに座って食べる。噛みしめると、サツマイモの甘味が広がって、すごく素朴な味。


  この辺りから今夜の宿の手配も考え始めたんだけど、ちょうどいい位置にYHがない。ライダースインは素泊まり3000円の上、布団代が300円もかかり、その上消費税までとられるので却下。大体、ほんとにそろそろオイル交換しないとまずい。ギアチェンする左足からホーちゃんの切実な訴えを感じる…。しょうがないので、泊まるアテはないけど高知市に行ってみることにする。今日はあんまり移動しないでのんびり四万十川を満喫しようと思ってたのに、いきなり忙しくなった。高知まではまだまだ遠いし、そこでバイク屋さん探して、オイル交換して、宿探して…最悪な場合、高知市からさらにまた40〜50km先のYHに行く羽目になるかも。まあ、何とかなるかな。


 高知市に着いたのは予想通り16時近い。適当にスーパーの駐車場に入ってバイク屋さんリストでお店を探そうとしたら、ちょうどNS−1の男の子がいたので、HONDAのショップを教えてもらい、行ってみる。けっこうでかい店だけど、やっぱりWAKO'S置いてなーい! わざわざさあ、泊まる場所もなくなる危険を冒してここまで来たのにぃ。もういいよっとふてくされ「あー、じゃ、純正でいいっす」とめちゃめちゃ不機嫌な声でお願いする。タウンページ借りて、5000円以内ならあきらめようってビジネスホテルにTELしてみても、どこもいっぱい…この時期、高知市でいったい何があるっていうんだよー! 絶対宿泊拒否だ。


 オイルもない、宿もないで不機嫌もピークに。態度最悪。今、思い返すとめちゃめちゃ恥ずかしいっす。ちょうどそのとき、お店にきていた常連さんがそんな私の様子を見ていて、「よかったらうちに泊まれば?」と…一瞬耳を疑ったね。だってさ、放浪中の見ず知らずのどこの馬の骨ともわからない女の子を泊めてくれるなんて、一体どこまで人がいいんだ、この人は? けど、本気で宿に困っていたので、お言葉に甘えることにする。


  72歳になるというこの方は、昔からバイクが大好きで、ご自身も今も現役ライダーでBMWのパリダカールに乗ってらっしゃるし、娘さんも息子さんもお孫さんまでライダーだという。ごく最近まではご夫婦でツーリングなさってたそうだ。またみんな、乗ってるバイクがすごい。ドカだのビモータだのBMWだの高級外車が続々。おうちに着いてみたらヨシムラの限定100台なんていうレーシングマシンまであった。もしやかなりお金持ちなんでしょうか? 息子さん夫婦と同居してらっしゃるそうで、まだ小さいお孫さんがいる。めっちゃかわいい♪ 名前を聞いてビビる。セナくんとモナちゃん…本物です、この人たち、モノホンッす! 私は密かに中学生の頃からミハエル・シューマッハの熱狂的ファン。多分このうちでは言わない方がいいだろな。


 みなさん、こんな見ず知らずの、いきなり転がり込んできた小娘に、めちゃめちゃ良くしてくれる。ありがたくって恐縮っす。おじいちゃんはバイクの他にカメラもご趣味だそうで、すさまじい数のアルバムがあった。その中のいくつかを見せていただいたけど、これまたすごい。息子さんがサーキット走ったときの写真なんて、背景は流れてるのに革ツナギ着てマシンにまたがってる息子さんはくっきり撮れてて、マジでレース雑誌に載ってそうな写真だし。


  何より、おじいちゃんが若い頃の写真がいちばん衝撃的。高校の制服みたいなカッコでジムカーナっぽいことをしてる写真。こんな昔からジムカーナなんてあったんだあ。まだ舗装されてないダートの道にただ「国道11号」なんて看板が立ってたり、「東芝TV」「グリコキャラメル」なんてノスタルジックな看板があったり。バイクも何だかチャリのタイヤみたいなほっそいスポークホイールだし、前に静岡のもちや博物館でみたようなモデルばっかりだー。まだ鳴門大橋のかかってない頃の写真なんてのもあったし、すごい時代を感じさせられる。 こんな頃のツーリングなんて、道路は整備されてないし、コンビニも道の駅もないし、バイクはすぐ故障するだろうし、まさに「冒険」だったんだろうなあ。


  そんな頃からずーっとずーっとバイクに乗り続けてるなんて…いろいろお話を聞いてみたかった。いちばんよかったところは? そんなに旅をしててもこの地を離れようと思わないわけは? そして、旅する中で見えてきたものってあるのか。私はもっともっと広い世界を見てみたくて旅をしてる。いろんな風景、いろんな風習、いろんな考えを持ったいろんな人たち。けど、それを見たところで結果、何が得られるのか、何か自分の中で変わっていくものってあるのか、なんてことは全然わからない。ただ、狭い世界しか知らず、狭い視野しか持たないまま終わってしまうのがイヤだし、怖いから、必死で動き回ってる。人生ってほんと短い。80年生きられるとしても、その中で自分が自由に使える時間なんて、ごくわずかだ。せっかく健康な身体をもらって生きてるのに、身体を動かし、感覚を使わないと、あっという間にサビついていきそうな気がする。心がひからびちゃって、何も感じなくなっちゃったら、たとえ身体が健康でも、もうその人はおしまいだと思う。


 おじいちゃんと息子さん夫婦に「この年にしてはいい生き方をしている」って言われた。私はただ本能のままに遊び回ってるだけで、親や回りの人間には心配させまくってるのに。ほんとにこれでいいのかな?

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